2025年11月26日

「排便のたびにおしりが痛い」「ヒリヒリする」――その症状、切れ痔(裂肛)かもしれません。
便秘気味の方や若い女性、産後の方に多く、放置すると痛みが長引く・再発を繰り返す・肛門が狭くなるなど慢性化することもあります。
多くは早めの対処で自然に治る病気です。
この記事では
原因・症状・自然治癒できるケース/できないケース・正しい排便方法・治療法・受診の目安
を医師がスマホでも読みやすく簡潔に解説します。

切れ痔(裂肛)とは
切れ痔(裂肛)とは、肛門の出口付近の皮膚が切れたり裂けたりした状態のことです。唇が乾燥してパックリ割れた状態をイメージしてください。肛門の皮膚は薄くデリケートなため、硬い便が通過するときや下痢で何度もトイレに行くときに傷ついてしまいます。
痔には「いぼ痔」「切れ痔」「痔ろう」の3種類がありますが、切れ痔は2番目に多い疾患です。特に20〜40代の女性に多く、便秘や出産をきっかけに発症するケースが目立ちます。
| 男性 | 女性 | |
|---|---|---|
| 1位 | いぼ痔(内痔核) | いぼ痔(内痔核) |
| 2位 | あな痔(痔瘻) | 切れ痔(裂肛) |
| 3位 | 切れ痔(裂肛) | あな痔(痔瘻) |
切れ痔の症状|こんなサインに注意
切れ痔には特徴的な症状があります。「もしかして切れ痔かも?」と思ったら、以下のサインに当てはまるかチェックしてみてください。早めに気づくことで、悪化を防ぐことができます。

便が通過するときに「ズキッ」「ピリッ」とした鋭い痛みを感じます。
排便後も数時間「おしりがジンジン、ヒリヒリする」という不快感が続くこともあります。
排便時に少量の鮮やかな赤い血が出ることがあります。
トイレットペーパーに血がつく、便の表面に血がついている程度の出血が多いです。
いぼ痔のような大量出血は稀です。
傷が治りかけのときにかゆみを感じたり、
「座っているとおしりが気になる」という違和感を訴える方もいます。
切れ痔の原因|なぜ肛門が切れるの?
では、なぜ肛門が切れてしまうのでしょうか?切れ痔の原因を知ることで、予防や再発防止につながります。主な原因を見ていきましょう。
切れ痔の最大の原因は便秘です。便が硬くなると、排便時に肛門を強く押し広げて皮膚が傷つきます。
長時間いきむと負担がさらに大きくなります。
下痢も切れ痔の原因になります。下痢便の消化酵素が肛門粘膜を刺激し、何度も拭くことで皮膚が荒れます。
「下痢でおしりの穴が痛い」「ヒリヒリする」方は切れ痔の可能性があります。
切れ痔の治し方|自宅でできるセルフケア
「切れ痔は何日で治る?」「自然に治る?」——軽度であれば適切なセルフケアで1〜2週間程度で改善することが多いです。
痛みや出血がある場合は市販の痔の薬(軟膏・座薬)で症状を和らげられます。
1〜2週間使用しても改善しない場合は医療機関を受診してください。
病院を受診する目安
- 痛みや出血が2週間以上続く
- 市販薬で改善しない
- 痛みが強く日常生活に支障がある
- 肛門から膿が出る、または便に黒っぽい血が混じる
日本大腸肛門病学会:裂肛
【専門解説】切れ痔(裂肛)の病態生理と分類
ここからは裂肛について専門的な観点から解説します。
肛門の解剖と切れ痔(裂肛)好発部位
裂肛は主に肛門上皮(anoderm)に生じる線状潰瘍です。肛門上皮は知覚神経が豊富なため強い疼痛を伴います。好発部位は後方正中線(6時方向)が最も多く約60%、次に前方(12時方向)が約20%、前方+後方の両方が約10%、その他は側方部位や多数発症等です。 これは後方の血流が乏しく、内肛門括約筋の支持が脆弱なためです。側方に裂肛がある場合は炎症性肛門疾患(クローン病)、結核、梅毒などの特異的疾患を鑑別する必要があります。
裂肛の悪循環メカニズム
裂肛の病態には内肛門括約筋の攣縮が重要です。肛門損傷→括約筋攣縮→血流障害→治癒遅延→再損傷という悪循環が慢性化の原因となります(図1)。
慢性裂肛患者の内肛門括約筋安静時圧は90〜120mmHgと、健常者(40〜80mmHg)より高値を示します。

急性裂肛と慢性裂肛の鑑別
急性裂肛は発症6〜8週間以内で、境界明瞭な浅い線状潰瘍として観察されます。
慢性裂肛は6〜8週間以上持続し、以下の所見を伴います:
- 肛門ポリープ:裂肛口側の肥大した乳頭状隆起
- 見張りいぼ(skin tag):裂肛肛門側の皮膚隆起
- 潰瘍底の内肛門括約筋露出:白色線維状組織として視認
裂肛の治療戦略
裂肛の治療は、症状の程度や慢性化の有無によって異なります。ここでは保存療法から外科的治療まで、それぞれの適応と特徴を専門的に解説します。
保存療法
急性裂肛には保存療法が第一選択で、奏効率は80〜90%です。局所麻酔薬含有軟膏、ステロイド含有軟膏に加え、緩下剤(酸化マグネシウム等)による便通管理を行います。
外科的治療
保存療法抵抗例には側方内肛門括約筋切開術(LIS)が標準術式です。内肛門括約筋遠位部を部分切開し、過緊張を解除します。治癒率は95%以上と高く、再発率も低いのが特徴です。LSISではどうしても肛門の緊張が取れないと判断したり、術後の狭窄で、肛門上皮そのものが少なくて肛門に狭窄を起こしている場合は狭窄を解除するために皮膚弁移動術(SSG法 sliding skin graft)を行うことがあります。
🔬 側方内肛門括約筋切開術(LIS)|慢性裂肛の標準術式
📋 LISの手術手順
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| 1麻酔・体位 | 局所麻酔または腰椎麻酔下で、砕石位(または側臥位)をとる |
| 2切開部位の決定 | 裂肛の好発部位(後方正中)を避け、側方(3時または9時方向)に切開部位を設定 |
| 3括約筋の同定 | 肛門縁から歯状線に向かい、内肛門括約筋を触診で確認する |
| 4括約筋の切開 | 内肛門括約筋の遠位部を裂肛の近位端まで部分切開する(過度な切開は便失禁リスク) |
| 5止血・閉創 | 止血を確認し、術式により縫合または開放創のまま終了 |
📊 開放法 vs 閉鎖法の比較
| 開放法(Open法) | 閉鎖法(Closed法) | |
|---|---|---|
| 切開方法 | 皮膚を切開し、直視下に括約筋を切離 | 小切開から刃を挿入し、皮下で括約筋を切離 |
| 創部 | 開放創(自然治癒を待つ) | 縫合閉鎖が可能 |
| メリット | 直視下で確実な切開が可能 | 低侵襲・術後疼痛が少ない |
| 治癒率 | いずれも95%以上(有意差なし) | |
- 高い治癒率:95%以上の症例で裂肛が治癒
- 低い再発率:保存療法と比較して再発リスクが大幅に低下
- 即効性:術直後から括約筋の過緊張が解除され、疼痛が軽減
- 日帰り手術が可能:入院を要さないケースが多い
主な合併症は術後の便失禁ですが、適切な術式で施行された場合、重度の便失禁は1〜5%程度と報告されています。切開範囲を裂肛の近位端までに限定することで、便失禁リスクを最小化できます。
- 保存療法(軟膏・便通管理)を6〜8週間継続しても改善しない慢性裂肛
- 括約筋弛緩薬(ニトログリセリン軟膏等)が無効または副作用で使用困難な症例
- 内肛門括約筋の安静時圧が高値を示す過緊張症例
🔬 皮膚弁移動術(SSG法)|肛門狭窄を解除する外科的治療
📋 SSG法の手術手順
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| 1病変部の切除 | 裂肛部分および瘢痕化して硬くなった組織を切除し、狭窄を解除する |
| 2粘膜・皮膚の縫合 | 切除により生じた欠損部の粘膜と皮膚を縫合する |
| 3減張切開 | 縫合部の外側に減張切開を加え、皮膚弁(skin flap)を作成する |
| 4皮膚弁の移動 | 作成した皮膚弁を肛門管内にスライドさせて移動・固定する |
- 狭窄の根本的な解除:不足した肛門上皮を皮膚弁で補填
- 括約筋温存:括約筋を大きく切開しないため便失禁リスクが低い
- 再発率の低さ:LIS無効例にも高い有効性を示す
- LISで括約筋の緊張が十分に解除できない症例
- 慢性裂肛による高度な肛門狭窄
- 瘢痕化により肛門上皮が著しく欠損している症例
予後と再発予防
裂肛の予後は良好ですが、再発率は10〜20%です。Bristol便形状スケールtype 3〜4を維持し、食物繊維20〜35g/日、水分1.5〜2L/日を目標とした便通管理の継続が再発予防に最も重要です。
🚽 正しいうんちの仕方|切れ痔を悪化させない排便方法
▲ 正しい排便姿勢のイメージ(例)
便意を我慢すると、結腸で水分が吸収されて便が硬く太くなり、肛門を強く押し広げて裂ける原因になります。
- 便意はガマンしない
- 朝食後の便意(胃結腸反射)を逃さない
- 同じ時間にトイレへ行く習慣をつける
深く前かがみになると腹圧が高まり、肛門に負担がかかります。以下の姿勢が理想的です。
| ✓ 正しい姿勢 | ✗ NG姿勢 |
|---|---|
|
|
括約筋への負担が大幅に減り、切れ痔の再発を防ぎます。
切れ痔が悪化する最大の原因が強い”いきみ”です。
| ✓ 正しい出し方 | ✗ NG |
|---|---|
|
|
息を吐きながらの排便は、肛門括約筋の緊張を最小限にし、裂肛の悪化を防ぎます。
長時間の”トイレ座り”は、切れ痔といぼ痔の両方を悪化させます。
✓ 推奨
- 入室から排便完了まで3分以内
- 出ないときは一度出る(粘らない)
✗ NG
- スマホを見る
- 10分以上座る
- 出ないのに強くいきむ
● 便が硬いときのコツ
- 朝にコップ1杯の水
- 食物繊維+油(オリーブオイル小さじ1など)
- マグネシウム製剤は有効(医師の処方 or OTC)
- ウォシュレットで軽く濡らし圧を軽減
- 刺激物(辛いもの・アルコール)を避ける
- ペーパーでこすらず、軽く押さえるだけ
- 拭きすぎない(皮膚が荒れる)
⚠️ 固すぎ・柔らかすぎ、どちらも切れ痔の天敵です。
排便後の刺激を少なくすると、治りが早くなります。
- こすらず”押さえるだけ”で拭く
- ウォシュレットは弱で5秒以内
- 肛門周囲を乾かしすぎない
- ワセリンなどで軽く保湿
便意がないのに力むと、肛門が再び裂けやすくなります。便意が自然に来るまで待ちましょう。
💡 切れ痔治療の本質は、排便をコントロールすることです。


よくある質問(FAQ)
ただし6〜8週間以上続く・繰り返す・ヒリヒリが残る場合は慢性裂肛が疑われ、自然治癒は難しくなります。
1週間以上、痛みや出血が続く場合は受診をおすすめします。
「良くなってきたのに排便のたびに痛みがぶり返す」場合は自然治癒しにくい状態です。
特に以下がある場合は切れ痔を疑います:
- 排便後のヒリヒリ・ジンジン
- ティッシュに鮮血がつく
- 座るとおしりが気になる違和感
“痛くない切れ痔=治った” わけではありません。
出血や違和感が続く場合は一度診察をおすすめします。
- 正しいうんちの仕方(いきまない・3分以内)
- 便を硬くしない(水分・食物繊維・油)
- 肛門をこすらず刺激を減らす
1週間以上続く・出血を繰り返す・便に血が混じる場合は市販薬で様子を見るのは危険です。
大腸の病気の可能性もあるため、医師の診察をおすすめします。
手術が必要になる場合もあるため、早期治療が大切です。
- 痛みや出血が1週間以上続く
- 市販薬で改善しない
- 痛みが強く日常生活に支障がある
- 肛門から膿が出る・黒っぽい血が便に混じる
痛みが強い場合は、まず炎症をおさえてから丁寧に確認します。
不安があれば事前にお伝えください。
40歳以上・血便が出る・貧血・体重減少がある場合は検査を検討します。
市販薬の中には妊娠中に適さないものもあるため、必ず医師に相談してください。
便を硬くしない、長く座らない、力まない、を習慣化すると再発率が下がります。
まとめ
切れ痔(裂肛)は便秘や下痢をきっかけに肛門の皮膚が傷つく疾患です。排便時の痛みや出血が特徴で、若い女性に多く見られます。
軽症であれば正しいうんちの仕方と便秘予防で1〜2週間で改善します。症状が長引く場合は慢性化を防ぐため早めの受診をおすすめします。
「たかが痔」と思わず、気になる症状があればお気軽にご相談ください。適切な治療でほとんどの方が快適な日常生活を取り戻せます。

監修:東京都豊島区おなかとおしりのクリニック 東京大塚
院長 端山 軍(MD, PhD Tamuro Hayama)
資格:日本消化器病学会認定 消化器病専門医・指導医
日本消化器内視鏡学会認定 消化器内視鏡専門医・指導医
日本大腸肛門病学会認定 大腸肛門病専門医・指導医・評議員
日本外科学会認定 外科専門医・指導医
日本消化器外科学会認定 消化器外科専門医・指導医
日本がん治療認定医機構認定 がん治療認定医
日本消化器外科学会認定 消化器がん外科治療認定医
帝京大学医学部外科学講座非常勤講師
元帝京大学医学部外科学講座准教授
医学博士 など
院長プロフィール